360°見渡せる、宮崎体感ギャラリー

360°GALLERY

宮崎ブーゲンビリア空港展望デッキみやざきくうこうてんぼうでっき

展望デッキ

宮崎空港(みやざきくうこう、英: Miyazaki Airport)は、宮崎県宮崎市にある空港。空港法では第4条1項5号に該当する空港として政令で定める空港に区分されている。愛称は宮崎ブーゲンビリア空港。宮崎市の南部、海岸地帯にある。市の中心部からの距離は約5kmと至近距離である。福岡空港などと並んで、全国でも利便性の高い空港の一つである。長距離陸上交通の不便さに加え、1960年代の新婚旅行ブームなども重なり乗降客が多く、レーダー管制など早くから各種設備が整えられて地方空港のパイオニアとして発展してきた。この事から、運営者である宮崎空港ビル株式会社は「日本一のローカル空港」を自負している。
1996年に、ターミナルビルまで連絡鉄道(JR宮崎空港線)が接続されたため、ビジネス需要も多い県北部の日向市・延岡、さらには大分県南部の佐伯方面のアクセスも良好である。宮崎市街地とは、宮崎交通の路線バスと、鉄道の両方のアクセスがあり、路線バスは列車より便数が多い。観光需要の多い宮崎県総合運動公園(巨人キャンプ地)・青島・日南市方面や、県西部の小林市方面、都城市方面へも路線バスが通じる。
年間利用客数は、国内2,761,407人、国際76,176人(2014年度)。
滑走路北側に、独立行政法人航空大学校の宮崎本校キャンパスがある。ビーチクラフト式A36型訓練機(ボナンザ)によるエアライン・パイロットの養成が行われている。空港ターミナルや国道などからタッチアンドゴーなどを含む離着陸訓練の様子を観察できる。太平洋戦争中は日本海軍の航空基地であり、航空機(零式艦上戦闘機など)用の掩体壕が現存している。これは空港沿いを走る国道220号から容易に観察できる。基地時代は滑走路2本ないしは3本を持っていたようである。終戦直後の航空写真では現在の東西の滑走路の他に北西 - 南東方面への滑走路が前述の現存する滑走路にクロスする形で東西2本(東側の1本は不鮮明)存在していた。現在、西側の滑走路跡を一ツ葉有料道路が横切っており、痕跡を鮮明に確認することができる。東側の滑走路跡は空港北側の建造物の区画にその名残が見られる。 そのため、空港西側の一角の宮崎市本郷北方に「宮崎特攻基地慰霊碑」が建立され、同基地から出撃した特攻隊員約380人に宮崎県出身で他県の基地から出撃した特攻隊員を加えた計801人が慰霊されている。
1970年代に滑走路を2500mに延長する計画があったものの漁業補償で難航、新田原基地などへの移転も検討されたが、県は立地条件を最重視したため、かなりの時間を要しながらも現空港での滑走路延長となった。

出典:wiki

撮影時期 /
2017年2月
所在地 /
宮崎県宮崎市大字赤江
営業時間 /
-
駐車場 /
あり
トイレ /
あり

※記載の情報は2017年5月末時点のものです。最新の情報は各施設にお問い合わせください。